2025年5月30日に発表されたニュージーランド政府の予算案では、国民の老後資金形成に直結するKiwiSaver制度の大きな見直しが行われました。
ニュージーランド在住者はすでに改悪内容を把握している方も多いと思いますが、今回の見直しは、財政の健全化と社会的公正を両立させるという意図で提案されており、今後の生活設計や投資戦略を考えるうえで、非常に重要なポイントになりうるので当ブログでもご案内したいと思います。
KiwiSaverとは? 制度のあらまし

KiwiSaverはニュージーランド居住者が老後に備えるための制度なので、ワーホリや学生ビザなどで一時的に滞在している人は対象外です。
主な制度の変遷
年 | 変更点 |
---|---|
2007年 制度スタート | 加入時にNZ$1,000の「キックスタート」支給 年間最大NZ$1,042の政府補助 |
2011年 | 政府補助が最大NZ$521(半額)に縮小 |
2015年 | キックスタート廃止 |
2019年 | 65歳以上の加入が可能に |
2021年 | デフォルトファンドを「バランス型」に変更 |
2024年 | 育休中の雇用主拠出分を政府が肩代わり |
2025年 | 政府補助が最大$260.72(半減)に縮小 高所得者への補助廃止 16歳から加入が可能に |
2025年 KiwiSaver変更のポイント
ニュージーランド政府の拠出金の削減
2025年7月1日より、ニュージーランド政府がKiwiSaver加入者に対して提供するサポート資金(拠出金:Member Tax Credit)が、これまでの1ドルあたり50セントから25セントに削減されます。
これにより年間の最大拠出金額はNZ$521からNZ$260.72に減少します。

自動的な給与天引きがない個人事業主などは、6月末までに積み立て額を調整することで、現行の最大額を確保できます。つまり最大額NZ$521を受け取るには、2025年6月30日までにNZ$1,042.86を積み立てる必要があるので早めの対応が重要。
高所得者への補助廃止
年収がNZ$180,000を超えるKiwiSaver加入者は、2025年7月1日以降、政府のサポート支金受取り対象外となり、今後は、雇用主の上乗せ分と自分の積み立て分のみで資産を形成することになります。

ニュージーランド政府のKiwiSaver変更は、高所得者層への厳しい対応とも取れますが、年収18万ドル以上の個人事業主やフリーランスに向けた「今のうちに別の投資手段を検討すべき」という暗黙のメッセージにも見えます。
高所得者がKiwiSaverを続ける場合のメリット・デメリット
メリット(Pros)
ー 政府拠出はなくなるが、雇用主拠出(最低3%)は継続
ー 長期的な資産形成として活用可能
デメリット(Cons)
ー 資金は原則65歳まで引き出せない(流動性の低さ)
ー PIE(Portfolio Investment Entities)と同じ税率28%なのに、自由に動かせない
KiwiSaverの引き出し年齢引き上げの可能性
NZ政府の年金支払い額は2017年のNZ$130億ドルから、2029年にはNZ$290億ドルへ増加するとNZ Heraldが予測しています。 日本の年金制度を参考にすると、NZも高齢化に伴い財源確保のためにKiwiSaverの引き出し年齢を引き上げる可能性が高いでしょう。
KiwiSaverとPIEの比較
KiwiSaverの魅力のひとつは税制優遇ですが、PIEと同じ税率28%であるため、資産運用の自由度が高いPIEの方が有利と感じる人もいるでしょう。 特に高所得者層の給与所得者にとって、雇用主拠出額と自身で自由に投資するメリットを天秤にかける必要がありそうです。
転職時にKiwiSaver拠出を停止する選択肢
人によっては転職のタイミングで雇用主拠出を捨ててオプトアウトし、KiwiSaver拠出を停止する選択も考えられます。 KiwiSaverの長期間資金がロックされるデメリットを避け、PIEや不動産などのより流動的な資産運用にシフトする戦略として有効かもしれません。
拠出率の引き上げ
これまでKiwiSaverでは、加入者と雇用主のそれぞれが給与の最低3%を積み立てるルールでした。
しかし今後、2026年4月と2028年4月の2回に分けて、この最低積立率が段階的に引き上げられる予定です。
2026年4月1日から:3.5%に引き上げ
2028年4月1日から:4.0%に引き上げ
雇用主が負担してくれる積み立て額が増えるのは、働く側にとって基本的には嬉しい話ですが、自分の給料から差し引かれる最低積立額(現在は3%)も引き上げられるとなると、「ちょっと待て…」と感じる方もいるでしょう。
例えば、
- 生活がカツカツで3%以上は正直ムリ
- 将来より今が大事だから、これ以上は積み立てたくない
そんなKiwiSaver加入者のために、「Temporary Savings Reduction(一時的積立率引き下げ)」という救済措置が導入される予定になっており、IRDに申請することで、最大12か月間は3%のままで据え置くことができるようになるようです。(※いまのところ申請受付の開始時期は未定)

政府のこの措置が言わんとしている事は、もし4%の積み立てが厳しいのなら、1年の猶予を与えるからその間に給料交渉するなり転職するなり、支出を見直すなり副業を始めるなり、「何某かのアクションを起こして備えよ」という意味になりますね。
若年層への制度拡大
これまでKiwiSaverは18歳以上が対象でしたが、2025年7月1日からは16歳・17歳の若者も加入できるようになり、政府や雇用主からの積み立てサポートも受けられるようになります。

これまでKiwiSaverは18歳以上が対象でしたが、2025年7月1日からは16歳・17歳の若者も加入できるようになり、政府や雇用主からの積み立てサポートも受けられるようになります。
ニュージーランドでは、パートタイムやカジュアルワークで働いている場合でもKiwiSaverに加入していれば、雇用主は給料に対して一定の割合を積み立てる義務があります。また、政府からのサポートもあるため、一見すると16歳・17歳のうちから始めるのはメリットが大きいように思えます。
ただし、KiwiSaverには運用管理手数料がかかるため、資産が少ないうちは手数料の負担が大きくなってしまう可能性もあります。
もしバイトを継続して収入が見込める場合や、家族が積み立てを手伝ってくれるような環境であれば、KiwiSaverを「将来の家の購入資金」として活用し、早めに資産運用をスタートするという選択肢も考えられるでしょう。
ニュージーランド政府の狙いと今後の可能性
政府の公式説明
今回の見直しは、財政の健全化と社会的公正を両立させるという意図で下記を公式見解としています。
- 国民の貯蓄促進
- 制度の財政負担軽減
- 若年層の金融リテラシー向上
- 高所得層への補助削減による公平性の確保
著者の考察(ものかんの見解)
政府の財政負担を減らし、個人・企業に移行
- 低・中所得層 → 年金受給が遅くなり資金縛りがより長期間になる可能性
- 企業 → 雇用主拠出の負担増
- 高所得者層 → 自由な資産運用にシフトする道を用意して資金縛りから離脱させる動き
高齢化社会に備えた制度再設計
NZ Heraldが予測しているようにニュージーランドの年金支払い額が2017年のNZ$130億から、2029年にはNZ$290億に増加するなら、これに対処するためにも政府は将来的な年金財政を調整する必要がある。
- 年金支給開始年齢の引き上げ
- KiwiSaverの政府サポート資金を削減し、個人と企業により多くの負担を課す
- KiwiSaverの引き出し年齢も引き上げ
年金支給年齢・KiwiSaver引き出し年齢の引き上げの布石
- 年金財政の逼迫に伴い、KiwiSaverの受け取りを遅らせることで財政負担を軽減
- 現在の改正は、将来的な引き上げへの「ソフトランディング」の準備と見ることもできる
高所得者には「別の投資を検討して」という無言のメッセージ
高所得者層は政治的な影響力を持ちやすいため、政府としても強いプレッシャーを受ける可能性ので、早期にガス抜き
- 政府拠出金ゼロにしても、強制的な拠出義務は発生しない → 高所得者は他の投資にシフト可能
- PIEや不動産投資、海外資産運用への転換が進むことで、政府の年金財政問題に関与しない選択肢が増える
まとめ:KiwiSaver制度の改正から見えてくるこれからの備え方
2025年のニュージーランド予算案では、KiwiSaver制度に対して大きな見直しが行われ、以下のような重要な変化が盛り込まれました。
- 政府拠出金の削減:2025年7月からは、年間最大NZ$521からNZ$260.72へ半減
- 個人・企業の最低拠出率の引き上げ:2026年に3.5%、2028年に4.0%へ段階的に引き上げ
- 16〜17歳も対象に:若年層にも門戸が開かれる
- 高所得者への補助廃止:年収NZ$180,000以上は政府からの拠出なしに
これらの改正の背景には、急激に増える年金支出と高齢化社会への対応があります。
政府は制度の「公平性」や「持続可能性」を前面に出しつつも、実質的には年金財政の責任を国民個人と雇用主へシフトしていく流れが見て取れます。
今後、KiwiSaverの引き出し年齢やNZ Superの受給年齢の引き上げも現実味を帯びており、今回の改正はその「予告編」である可能性も否めないと思います。
特に高所得者層には、「政府に頼ると長期間お金を縛る事になるので自由に資産運用する道を選んでください」という無言の誘導すら感じさせるものであると考えるなら、今後の投資・ライフプラン戦略においてKiwiSaverが「柱の一つ」ではなくなる時代が来るかもしれません。
KiwiSaverについて詳しく知りたい方はIRDのサイトをご覧ください。
論点:国会議員だけが享受できる特別な積立型 退職貯蓄制度 も見直すべき
今回のKiwiSaver改悪をうけて、納税者団体 Taxpayers’ Unionは、「一般国民には節約と自己負担の増加を強いる一方で、国会議員(MP: Member of Parliament)だけが恩恵を受ける特別な退職貯蓄制度は不公平だ」と強く批判していますが、以下を読めばあからさまな優遇ぶりにTaxpayers’ Unionだけでなく、議員以外の人なら不公平感を募らせるであろう内容になっています。
現在のニュージーランドではbackbencher(政府閣僚や所属する党で役職のない一般議員のこと)の税引前年収は17万ドル。これを基に8%積み立てるとして計算すると、一般議員は毎年47,600ドル積み立てる事ができ、同じ条件のKiwisaver加入者との差は実に2.51倍もあり、MP向けの積立型年金制度が遥かに優遇されているかが一目瞭然です。

一般議員の場合
年間積立総額は $47,600!
税引前年収:$170,000
積み立て金8% = $13,600
政府サポート (税引前年収の20%) = $34,000

同額年収の他、下記条件で企業従業員がKiwiSaverに貯蓄した場合
年間積立総額は $18,960.72!
税引前年収:$170,000
積み立て金8% = $13,600
雇用主拠出3% = $5,100
政府サポート = $260.72
Taxpayers’ Unionは、政府がKiwiSaverの補助金を削減し、最低積立額(拠出率)を引き上げる一方で、このMP向け退職制度は温存されている点について、「MPこそ率先して節約に協力すべきで、彼らにも同様のルールを適用するか、特権的な退職金制度を廃止すべし!」と訴えています。
これは記憶にも新しい、2023年にフランスで年金改革(法定退職年齢の62歳→64歳への引き上げ)に対して、若者が暴発して暴動やストライキが相次いだ時の構造とよく似ています。
ニュージーランドもフランスも、どちらも一般国民には「自己負担」や「制限」を強いながら、政治家などの権力者が優遇されたままでいると言う状態。
ニュージーランドに定住している日本人や日系人としても、「移民として住まわせてもらう」から一歩進んで「一納税者として政策に声を上げる」事を考えても良いタイミングかもしれませんね。